#04

ヒミツの“家族だけの蔵”がある町へ。
-中編-

2017.09.08

さあ、実際に蔵のあるおウチをのぞいてみるよ〜。ぼくが訪れたのは、『蔵の駅(旧石平金物店)』。ここはね、明治・大正時代に金物商をしていた石田家から寄贈された建物を、増田町の観光物産センターとして活用しながら、一般公開しているんだ。
 
増田町で、おウチの中を見学できるのは、営業中の商店を中心に20軒ほど。でも、トオリの奥にひっそりと隠された内蔵と呼ばれる蔵は、ふつうは見学できないんだって。その理由は、あとでわかるよ。

ほら、見て見て〜!これが内蔵だよ!『蔵の駅』は、内蔵の扉が開いているだけじゃなくて、内部にまで入ることができる、とてもめずらしい場所なんだ。

奥に建てられた蔵のまわりは、『鞘(さや)』という屋根や壁で覆われているよ。主屋とも一体化しているから、雨風にはあたらないし、ご近所さんからも見えない!蔵というよりは、《増築したヒミツの隠し部屋》みたいだね。

中へ入ると、手前が板の間で、奥に座敷。柱や床はすべて漆塗り、明かりとりの窓や障子、棚などにも細かな装飾があって、あまりの豪華さにうっとり……。

内蔵に何を保管していたかと言えば、店の帳簿や美術品、生活道具、衣類、食器など。雪に埋もれた裏庭の味噌蔵や米蔵にわざわざ行かなくても済むように、冬場はそうした生活必需品を内蔵にストックしておく家もあったそうだよ。

座敷にいろりをつくった内蔵もあるらしいから、家によっては、お父さんが趣味を楽しんだり、親子で集まってくつろいだりしていたのかも。身内の冠婚葬祭の行事も内蔵でおこなわれたそうだし、内蔵はとっておきの“家族だけの蔵”だったんだろうね。

内蔵の扉は、とても美しいんだよ。白漆喰を塗ってから黒漆喰を塗り重ねて、仕上げにはコテで磨いた後、光るまで手でこするんだって。ぼくもやってみたいなー。

中身は土だからとても重くて、扉1枚につき約1トン、つくるのに1年かかると言われているよ。それが4枚重なっている扉は約4トン、4年ってことだね!

そんな扉を囲んでいる木の枠も、さりげなく漆塗り。内蔵に物を運び込んだり出したりする際に、ぶつけて傷をつけないための保護カバーのようなもので、《鞘飾り》と呼ばれているんだって。扉ひとつとっても、こだわりがすごいよね。現代の左官職人さんには、もうとても再現できないそうだよ。

続いて、築130年以上、増田一の地主さんだったという説もある旧佐藤與五兵衛家(現在は干し餅屋「まちの駅 福蔵」)でも、内蔵を見学してきたよ。

明治のころ、「アタマ(家の表)は地味だけど、オシリ(家の奥)の庭には豪華な蔵が並んでいる」ような商家が並んでいる増田は、《ホタル町》と呼ばれていたらしいよ。慎み深く生きてきる増田の人たちも、そういえばどこかホタルのようだよね。

『山吉肥料店』の内蔵は、外側しか見学できなかったけど、とっても美しい芸術品のようだったよ。

そんなふうにお金をかけてすごい内蔵をつくったら、ふつうは知り合いや近所の人たちに見せびらかしたくなると思わない?ぼくなら絶対そうするなー。うれしいこと、黙っていられないもの。

でも、増田町のお金持ちは、誰にも見せなかったんだよね。だから今回、「となりの家に内蔵があることを知ったのは、ほんの10年くらい前のことなんです」なんて話をあちこちで聞いて、びっくりしちゃった。

それは、雪に閉ざされた長い冬をおくる地域ではぐくまれた人間性なのかな。よそのひとに自慢するよりも、家族だけで、内蔵という贅沢な空間をいっしょに楽しめればいい、ってこと、家族がいちばん、ってことだよね。内蔵は、家族のしあわせの象徴のような存在なのかもしれないなあ。

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